ドリスとロン(前編)

 ドリスは構内のクラスルームやバスルームを掃除している40数才の黒人のおばちゃんで、ロンは同じく掃除をしている60ちょっとの小柄な黒人のおじちゃんである。午後4時半から午前1時までがその勤務時間である。授業の終わった後に掃除を始めるのだから、作業が夜になるのは仕方ないとしても、こんなに夜遅くまでいるというのは日本では珍しさそうだ。
 本題とは逸れるが、どうもこちらでトイレをバスルームと呼ぶのがピンと来ない。特に最初は違和感が大きかった。バスタブもシャワーもなくて、トイレだけでもバスルームと呼ばれる。こちらでは、浴室に便器・洗面台の設備があるので、そこをバスルームというのはいいのだがトイレの設備だけでもバスルームと呼ばれるのはこれいかに。辞書を見たら、遠回しな表現とある。Toiletでも、他の遠回しな表現のwashroomやthe rest roomでも通じるが、大概の人はbathroomと呼んでいる。日本でいうお手洗いみたいな表現なのだろうが、どうしても違和感を拭えないのは、風呂とトイレを別にしたい日本人的感覚のせいだろうか。日本のアパートで浴室・トイレが一緒になっているのは多いけれど。
 本題に戻そう。この、ドリスとよく話すようになったのは、ある日深夜まで大学内にいて、帰る時に話したのがきっかけであった。この時彼女は指輪を無くしたといって探していた。母親に貰った指輪だという。夜遅かったので、すぐ帰りたくもあったが、困っているのにバイバイというのも忍びなく、探すのを手伝うことにした。彼女は、荷物の搬入・搬出用の扉の外で一服した後、吸い殻を放ったのだが、緩かった指輪も一緒に投げちゃったのではないかという。この場所はドアが二段になっていて、その間で冬の寒い日は一服できると、後に教えてくれた場所である。
 バックをそこにあった段ボール箱の上に置き、彼女が投げ捨てたという辺りを探してみるが見つからない。外は暗いし、有っても見えないのかも知れない。オイルライターの火で照らして見たが直ぐにオイルも切れた。彼女は明日早めに来て探してみるというが、誰かが見つけて持っていっても気の毒だ。一通り探しててみて見つからず、潮時という感じもあったが、一つアイデアが浮かぶ。私の車をそこに持って来てライトで照らせば明るい。それでも見つからなければ諦めようという事でガレージに向かった。
 さあ見つけるぞとそこに車で戻ってみると、ドリスは見つかったという。それは目出度いが、いったい何処に有ったと聞くと、そこらにあった紙で手を拭いて捨てたのだが、その紙にうっかり指輪を包んで捨ててしまったようだと。なんだそんな心あたりがあるなら早く言ってよと思ったが、その紙を捨てたのは段ボール箱の中で、その箱の上には、私がバックを置いて、探している間中隠す形になっていたので文句も言えまい。徒労であったがまあ仕方ない。ともかく見つかってよかった。
 その後も会う度ちょくちょく話すようになった。そんな訳で彼女と同業者のロンとも話すようになったのであるが、この続きは後編にまわすことにする。

(April 18, 1999)

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