「おにいさまへ・・・」探索顛末記 −その探索に協力いただいた方達へ・・・−

 この滞在記をお読みになっている方々の中で、どの位「おにいさまへ・・・」という作品をご存じの方がいるだろうか。これは91年から92年にかけてNHKの衛星放送第二で放送されていたアニメーションで、原作は「ベルサイユのばら」で有名な池田理代子の漫画である。20年程昔、「ベルサイユのばら」の後、マーガレットに連載されていたようだ。
 と、知ったような書き振りであるが、それに関してはじめ何も知らなかった。衛星放送は見ていないし、マーガレットを読んでいた訳でなし。例の、アメリカ人のくせに日本のアニメに詳しいデリックが、そのアニメのLDを欲しいと言い出したのがそもそもの始まりである。それを聞いた時、その作品について何も知らないし、「ベルサイユのばら」の原作者の名前さえも知らなかった私は、また始まったかこのアメリカ人は、と思った位であった。
 アメリカ人が欲しがる位なら、何処かで聞いた事があってもよさそうなものである。ポケモンやセーラームーンあるいはエヴァンゲリオンの様に、見たことはなくとも名前くらいは知っててもよさそうなのに聞いた事がない。「おにいさまへ・・・」というタイトルもなんだか時代がかっている。この時点でデリックは全39話のうちの12話を見ただけであったのだが、よっぽど気に入ったと見えて、日本に行ったら探してくれとまで言う。LDが見つかったところで、英訳もされていないのにどうするのだろう。
 そのLDは廃盤になっており、売られた数も少ないので手に入らないのだと彼は言う。途中までしか知らないところのストーリーを聞いたが、ふーん・・・という感じで、あまり興味を持たなかった。青蘭学園という一貫教育の女子高に外の中学から試験に合格して入学した新入生の御園生奈々子という少女のストーリーで、なんだか人間関係が複雑だとのことであった。
 たまたまこのアニメのフィルムコミックスが、よく行く日本の本やテレビ番組のビデオを置いてあるNew Japanという店にあるのを見つけたが、あ、少女漫画っぽいなと思いつつ、ぱらぱらめくって絵を見た程度であった。

 「おにいさまへ・・・」というのがあるのだと聞いてから随分後になって、彼が持っているその英語字幕付きの12話までのビデオを貸してくれた。デリックが話してくれる日本のアニメに、私にとって面白いのもそうでないのもあるのだが、彼は結構どれでも熱のこもった解説をしてくれるので、熱のこもり様からは私にとっての善し悪しは判断出来ない。そんな訳で、そんなに期待もせず見始める。先の項に書いた様に、英語の勉強に使える、という保険があるし。
 見始めてみると、へえ、NHKのだとか、手塚プロダクションの作品かとかに目がとまる。主題歌が小椋佳の作詞作曲だから、なんとなく製作に気合いが入っている様にも感じる。そしてそのストーリーの出だしを見て、これは期待出来るかも知れないと思った。画像も美しい。最初雰囲気が少女漫画的だなあと感じたが馴染むと気にならない。青蘭学園には、皆が憧れる三人の上級生がおり、宮様、サン・ジュスト様、薫の君の名で呼ばれている。名門女子高の故か、その会話は敬語が著しく、かなり日本語の聞き取りの出来る、自ら日本のアニメの翻訳をするジェイソンでも聞き取りに苦労するのではないかと思われた。
 主人公奈々子は、受験予備校に通っている時に出会った、講師のバイトの大学院生、辺見武彦に、最後の授業の日、おにいさまになってくださいと申し出る。「恋人でもお友達でもなく、ただ手紙を読んでいただけたら、そう思って・・・」と。そして以降の独白、複雑な人間関係に巻き込まれ、その胸には抱え切れず溢れてしまうような色々の思いは、おにいさまへの手紙の形で語りかけられる。
 見ているうちに結構はまってしまった。青蘭学園の、家柄、知性、容姿に優れた者だけが入れる社交クラブ、ソロリティのメンバーに意外にも選ばれた奈々子が、親友智子と気まずくなったり、他の生徒にやっかまれ迫害されたりする最初の頃はデプレッシングである。それは少女漫画の主人公のバレリーナが主役に選ばれてトゥシューズに画鋲を入れられてしまう様な話にも似て、メロドラマティックで、アメリカ人には受けなかろうなと思った。自分でも、うーん・・・と思ったものの、もっと深いところでストーリーが語られる事を予感させるシーンが多々あり、先を期待した。
 そこで、前述の、New Japanで見つけたフィルムコミックスを購入してしまった。全8巻のうち、6-8巻だけが二冊ずつあったので、その三冊を。読んでみたら、これはなかなか深いぞよと感心。ラストのあたりは泣けてくる。残念ながら、ビデオで見た最初の部分と6巻からのフィルムコミックスでカバーされている部分の途中の話が抜けている。後で分かったが、39話の中盤の10話が抜けているのだ。これは抜けてるストーリーを知りたいし、フィルムコミックスでなく映像で見てみたいと思った。ところで、このフィルムコミックスはジェイソンもNew Japanで見つけていたそうだが、ある日誰かが買っていった様だとデリックに言ったそうだ。それは私でございました。

 そんな訳で、私もはまってしまい、見たいと思っていたので、デリックに又LDを探せないかと頼まれた時に手伝うことにした。廃盤なので、中古で探すしかない。まずインターネットで調べて見る。オンラインでビデオやLDの通販をしているサイトもあり、そこでメモリアルボックスセットが記載されているのを見つけるも、SOLD OUTと書かれており、がっかり。最初、そのうち見つかるかなと楽観的だったのだが、かなり困難である事を思い知った。LDは1巻2枚組で全5巻。全巻で約5万円である。わざわざLDまで買う人は、かなりのファンかコレクターかで、手放す人は多くなさそう。
 このアニメーションは、「エースをねらえ!」や「あしたのジョー」の出崎統監督、杉野昭夫作画監督のコンビが手がけた作品で、その作品の質の高さはファンの中で知られるところで、更に、島本須美、小山茉美など、有名な声優が多く起用されているだけに、ファンは手放さないであろう。またまた知った様な書き方だが、いろいろ調べているうちに知ったことである。登場人物の宮様がお蝶婦人を彷彿とさせることから、最初てっきり「エースをねらえ!」と原作者が同じかと思っていた私に、似ているのは監督、作画監督が一緒だからだと教えてくれたジェイソンはなかなか侮れず。どこで情報を仕入れているのやら。
 サン・ジュスト様の声優の島本須美は「カリオストロの城」のクラリスで、ナウシカで、管理人さんで、「もののけ姫」のおトキさんなんだよ、とデリックに言うと、へえ知らなかったと。クレジットの名前を私は当然読めて彼は読めないので、ちょこっと知ったかぶりの一つも。日本のものをアメリカ人の方が詳しいとちょっと癪でもあるし。もっともジェイソンの場合には日本語を読めるだけに、この手の知ったかぶりは効かない。私の付け焼き刃の声優の名前より余程多くを知っている。「巨人の星」、「エースをねらえ!」、「アタックNO.1」など好きだという彼は翻訳なしでそれらを見ている。「巨人の星」が好きと彼は言う彼は他のファンとはちょっと違いを感じさせる。思い込んだら試練の道を行くが男のど根性、の「巨人の星」が好きな彼は、日本人の民族性にまで目を向け、深いところで見ているのかも知れないので侮れない。

 LDを探すうちに、ネット上で1、2、及び4巻は発見。しかしどうしても3、5巻が見つからない。そこで、大学時代その他の友人やらネット上の知り合いやら、いろいろな心当たりに多数メールを送り、近くに店があって見かけたら知らせてくれるようお願いした。デリックは、ジェイソンがアニメージュという雑誌でみつけた店の電話番号にかけてみたいが日本語を話せないので手伝ってくれと。デリックの長距離電話会社の国際電話料金は高く、私のは1分29セントと安い。夜中にデリックのアパートに行くのも面倒だっし、数軒あたっても大したことないので、それは私がやるから、手に入ったら見せてくれと言う事で、東京や大阪の店に家からかけてみた。たまに置いてある店もあったのだが、インターネットで見つけた1、2、4巻のみ。支払が面倒とか郵送してくれないとかで、結局インターネットで見つけたところから購入。探しているLDは売れ線で、たまに入ってもすぐ出てしまうなどの情報を得た。
 さて、その後も探索を続けるも進展なしで、私は諦めかけ、私はせめてストーリーを知りたいと言う事で、残りのフィルムコミックスと原作の漫画をNew Japanにて注文。それは1月18日の事だったのだが、今日現在まで未だ届いていないのが残念である。そのうち、LDは無理であろうから、LDを持っている人にビデオで送って貰おうという線でいくことにし、ネットで見つけたかわぢるさんにお願いし、LDの5巻にあたる部分を、こちらにある英語字幕付の1巻にあたる部分とのトレードという形で送って頂いた。3巻に当たる部分は、翻訳されfun subが入手可能となった。このfun subをしているTechno-girlsというグループは他のプロジェクトも抱えて忙しく、全部の翻訳が完了するのには1年以上は待たないといけないらしい。

 そして遂にLDの3巻にあたる字幕付と5巻にあたる部分の字幕無しが手に入った。ほっと一安心である。デリックは、一緒に見ようと言っていたのだが、5巻にあたる部分は、3、4巻分を見る前に、届くやいなや一人で先に見てしまった。一緒に見ると日本語をちょっとしか分からないデリックは途中で止めては説明を求めるであろうから、落ち着いて見られないだろうし、なにしろ5巻にあたるところは泣けちゃうシーンが多いもので。
 見てみたらこれは傑作であると思った。フィルムコミックスでそのストーリーは知ってはいたのだが、やはり映像で見た方が何倍もよい。さらに、フィルムコミックスではカットされている部分が多いし。この顛末記を読まれた人の中で、後にこの作品を見る機会がある人がいるなら、その楽しみをスポイルしてはいけないので、ここではストーリーに触れず、一見の価値ありと言うに止めておく。特に、終盤の数話は秀逸である。見終わった翌日、1日その余韻を引きずってしまった程で、アニメのみでなく、実写映画、小説の類を合わせた中でも、印象深い作品として記憶に残ることとなった。
 その後、デリックのアパートにて3巻にあたる英字幕付、4、5巻を見た。3巻をみて、ああ、だから5巻でのあの事件で奈々子があんなに悲しんだのか、とか分かったところもあるので、5巻を見るのを待っていた方が良かったかも知れないが、まあよい。英字幕なしのを見る時には、デリックは映像から大体を判断、シーン毎に止めてはそのシーンの要約を求めて来るが、私の英語力では・・・。詩的な台詞、深みの有る重い台詞も多いので、それを味わえないのは気の毒な事である。それでも一通り見て満足していたようである。日本語が当然達者である私は大満足であった。デリックに一揃いのコピーをくれるようお願いした。後に機会を作って、一通り順番に見直したいものである。字幕のある部分は英語の教材にもなるし。もっとも、英語の教材になるという保険は、もうどうでもよくなっていたのだが。
 
 とにもかくにも、「おにいさまへ・・・」は製作者の熱意の感じられる、朱玉の作品であった。ストーリーの深さに色々考えさせられたし、アニメーションならではの利点を活かした演出、シネマトグラフィーの巧みさなど、なかなか良かった。奈々子役の声の普通っぽさとかも良い。見て良かったと思った。製作者に感謝である。
 「衛星放送だし、あんまり多くの人が見てないのが残念なことだ、知り合いにも知ってる人いないし。詳しい人もいないんだ。」とデリックに言うと、自分も知らなかっただろうと。ごもっともなことである。デリックよりよっぽど知らない。それは多分、テレビっ子などと呼ばれた世代で、子供の頃に多数見ているので、そのうち飽きが来るからなのか。自分の子供時代に比べて、ヤングアダルト、あるいは大人でも見られるものは増えているのかも知れないが、段々とアニメへの期待が薄くなっているのかも知れない。最近のロボテックものやファンタジーものにあまり興味が持てない。時間もないし、あっても他の事に費やすであろう。クラブの上映で種々見ているが、これだけの技術やお金があるなら、もっとテーマのあるもの作って欲しいなと思うことが良く有る。しかし、「おにいさまへ・・・」のような作品なら見てみたいと思う。知らないだけで、他にも価値有るものがあるのかも知れない。今後も良い作品が作られることに期待したいものである。
 
 ところで、「おにいさまへ・・・」はフランスでも放映されていたそうだ。そこで、LDを探している頃、研究室のフランス人、バレリーに聞いた所、知らないと。それもその筈、テレビを持っていなかったそうで。フランス語版になったものでも手に入るなら手に入れようとまで考えていた頃だが、フランス語−英語−日本語の過程でどんな台詞になったことやら。デリックがイタリア人の作った「おにいさまへ・・・」のホームページを見つけた。"Caro Fratello"と書かれているが、イタリア語も分かるスイス人のパトリックに聞くと、思ったとおり、"Dear Brother"であった。そのHPでは、原作のイタリア語版の漫画が紹介されていたり、また、イタリア語に吹き替えられて放送されていた音声も聞けるようになっている。アメリカではうけなさそうだという意見にデリックも同感であったが、ヨーロッパでは受けるのだろうか。

 散々苦労して探したこの「おにいさまへ・・・」であるが、最近知った情報によると、今年99年5月19日からNHKの衛星第二で再放送される予定とのことである。NHKのHPでも確かめた。喜ばしい事である。人によっての好みもあろうが、お勧めの作品である。

 最後に、「おにいさまへ・・・」を送って頂いたかわぢるさん、わざわざ東京の店を何軒かに足を運んでいただき、また店の電話番号など調べて知らせていただいた東工大の荒岡さんはじめ、LDを探すのに協力していただいた全ての方々に、デリック共々お礼申し上げたい。有難うございました。また、この作品を見る機会を与えてくれたデリックにも感謝するところである。Thanks.

(April 15, 1999)

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