運転
こちらアメリカでは、当然ながら自動車は右側を走る。運転席は左側である。最初、これはもう何とも不自然な感覚であった。自分の心臓が右に回ったというか何というか。アクセルとクラッチが逆転しているというところまではいかないのが救いである。
最初、実際に路上を運転してみると、なんともどきどきである。初めてこちらで運転したのは、中古車のdielerのところで、試乗してみた時である。dielerのおじさんも同乗したが、おじさん覚悟はいいんだろうね?と聞きたいような気持ちであった。その時試乗した車は現在の自家用車となっている。
だいたい、左側に乗るのでギアは右で変えることになる。最初はなんだか左手がむずむずするような感覚があった。オートマ車にすればよかったと思わなくもない。もっとも、どちらかというと右手の方が器用で、左手のほうが力があることを考えると、左ハンドルのほうが楽なような気もする。日本では左ハンドルに乗っている人を見ると、今や外車も右ハンドルにして売っているのに何を物好きなと思うが、こっちはなにせ右側通行で左ハンドルが当り前なのだから仕方がない。無理やり右ハンドルを手に入れたところで追い越しの時など困るであろう。諦めて左に座るしかない。
実はこちらに右ハンドルは皆無ではなかった。ナイアガラに行った時にたまたまガソリンスタンドで出くわした車は右ハンドルであった。これはU. S. mailの車で、配達するのか回収するのかは知らないが、確かに歩道側に運転席があったほうが便利であろう。まあ例外的なものである。
さて、暫く運転して見ると、別に難しい訳でもない。何ということはない。こちらの人は皆そうしているのだから自分が出来ない訳はない。とはいえ、右だろうが左だろうが注意一秒怪我一生、交通安全は基本中の基本だし、安心して気のゆるんだ頃に左側を走り出さないとも限らないので油断禁物である。
こちらで運転して、思ったほど日本に比べて道路の幅が広いわけではないなと思った。殆ど同じなのかもしれない。ただし、至る所に左折レーンが設けてあるのは便利でよい。交通がスムーズになる。さすが土地に余裕があるだけのことはある。
駐車場に関しては、来る前は日本の2割り増しほどのスペースを想像していたが、どうしてどうしてそれ程広い訳ではない。とはいえ、横の間隔は思ったほど広くなくても、駐車する前の通路のスペースは広めになっているのか、バックでないと入れにくいということはなく、大概は頭から突っ込んでいる。
家の前の通りは路駐の車がずらーっと並んでいるのだが、縦列駐車もさほど苦にはしていないようだ。とはいっても、先日日本のテレビ番組で、アメリカ人は車庫入れが日本人より下手であるということをいっていたが、まあ、それは嘘ではないだろう。こちらの駐車場が思った程広い訳ではないことは分かったが、時々日本で見かけるような神業的な駐車をしなければならないような場所はまず無い。
ところで、駐車場といえば、こちらではそこここに身障者用の駐車場が設けてあり、最も良い場所があてられている。うっかりここに駐車しようものならかなりの罰金を取られる。$300位だったか、正確な数字は覚えていないが、ともかく駐車しないよう気を付けないと行けない。大学内の駐車場にもこの身障者用のがある。そんなに身障者で車に乗る人が多いのだろうかと疑問になるほど多い。大概は空いているので、割合としてはそんなにないという事なのだろう。しかし、社会福祉がちゃんとしているという事は非常に良いことである。
話は変わるが、初めて大学から今住んでいる家に帰ったときのことであるが、多いに迷い道をしてしまった。右も左も分からぬうちに車を購入したのだから仕方ないといえば仕方ないが。ずーっと来たのほうまで行き過ぎてしまい、あ、これはしまったと思って引き返したのだが、ここでBig Bearというスーパーの看板が見えた。これは家の南にあるはずのものであると思いまたUターン。ところが、Big Bearという店は市内にも何軒かあり、実はこれは家の北にあるほうのBig Bearであった。しかしこちらに来て間もなくのことである。そんなことは知る由もない。またまたUターン。大学と家とを結ぶ道路はHigh St.というのだが、北に行くと23号になる。動物に注意の、鹿の絵が描いてある黄色い菱形の看板も出て来る。これは何でも行き過ぎたとまたUターンし、えいやとばかり高速にのって早く帰ろうとするがこれも迷いを大きくする原因。大体、家の近くの通りの名前も覚えていない頃だから、どこで降りていいのかも分からない。Columbusと書いた方に向かって降りるが、だいぶ北のほうだったようである。降りたはいいが、その後どっちへ向かってよいのかも分からない。地図を見ること数回、ガソリンスタンド横の売店やマクドナルドで道を尋ねるなどして、どうにかこうにか家に帰り着いた。暗くなるし小雨は降るしで、ろくでもないドライブであった。30 milesも迷って走っていたのだから困ったものである。上記のマクドナルドで道を聞いたときなどは、持っていたColumbusの地図の中に収まっていないほど北に行っていたのだから何ともはやである。やれやれ。結構いい運転練習になった。このおかげで左ハンドル、右側通行になれることが出来た、と、思っておこう。
さて、自動車も暫く走ればガソリンを補給しなければならないが、こちらのガソリンスタンドは普通セルフサービスである。自分でガソリンを注いで、表示された値段を払う。店の中でも入れたガソリンの量はカウントされているらしい。日本ではこういう経験は全く無かったので、はじめはなんだかスタンドボーイにでもなったかのような気がした。セルフサービスなので、もちろん、日本の様に窓を拭いてくれるでもなく、また吸い殻をすてて芳香剤でも入れてくれる訳でもない。そんな訳で、車に付いた灰皿は使わず、コップのスタンドに置いた空き缶を灰皿としている。
ガソリンの値段は、日本に比べると滅法安い。ガソリンスタンドの看板には、118とか、日本での値段と同じ様な数字が掲げられているが、単位が異なっている。1 gallonで$1.18という意味である。1 gallonは3.7854 litterであるから、1/3程度のものである。旅行などで長距離走っても大してガソリン代が気にならない。これは有難いことである。
ところで、先日近くのガソリンスタンドで給油したときのことである。料金はカードで払った。この日本で作ったカードのサインは漢字で書いてあるので、サインは漢字で書いた。店のお兄ちゃん、これを見て、自分はHassainというが、自分の名前は漢字でどう書くのかと聞いてきた。そう言われても困る。適当に当て字でいいやと思ったが、ハッサンで先ず思い浮かべたのが破産である。しかし、気の良さそうな兄ちゃんだったので、どうせ意味は分かりゃあしないと思いつつも、そうは書けなかった。発散の方が音は近いけれども、これも何だか妙だ。結局、八参と書いてお茶を濁す。有難うと礼を言われても、なんだか申し訳ないようであった。彼のニックネームは、日本風に八っつぁんとでも言う事にしておこう。
(July 6, 1997)
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