アニメの翻訳(後編)

 「もののけ姫」の英語字幕版ver. 1の試写は、いつものアニメのクラブが上映に使っている講義室の左隣りの、作りや大きさが同じ講義室で行われた。この時、デリックがたまたま見つけ、翻訳を手伝わないかと声をかけた女の子が来ることになっていた。試写を見て、字幕のおかしいところを指摘して、修正を加えようというものである。
 その、新しく翻訳を手伝う事になった子はレナという名である。確か玲奈と書くんではないかと思ったが、間違えていると申し訳ないので片仮名で書くことにする。OSUに入学したばかりの新入生で、日本に9才まで、その後シンシナチで9年を過ごしたという。ということは18才。これは若い。おじさんちょっと羨ましくなる。家では日本語を話しているそうで、日本語はぺらぺらのままである。アメリカに来た当時2才であったという弟さんは、どうも日本語よりも英語の方が主になっているそうだが、物心付いてからの環境がそうなのだから仕方ないことだろう。この滞在記では、日本人の名前には敬称を付けているが、彼女の場合、アメリカに長いし、名字+さんは好きでないそうだしなのでここでは敬称を省きレナと書かせていただく。かなり年下でもあるからまあよかろう。もっと早い時点でレナを見つけていれば、私の翻訳の苦労もなかったのになあとは思うのだが、結構良い勉強になったので良しとしよう。
 さて、広い講義室に、そのレナ、ジェイソン、私3人だけで試写を見る。実は正直言って、字幕の流れるのが速いので追うのが大変である。おかしなところに気が付くと途中で映画を停めてそれを指摘するのだが、悲しいかな読み飛ばしてしまうところのなんと多いことか。そこは仕方ないので英語、日本語共に達者なレナに任せることにした。後に字幕版を見たデリックでさえ、文字の流れが速くて所々読み落としてしまうというのだから、まあ私の読み落としの量は推して知るべしである。字幕の場合、幾らか台詞を短くしたりがありがちと思うが、なるべく元の台詞に忠実にしているので、読むのにちょっと辛い所があるのは確かであるが、出来るだけ元のものに忠実にという姿勢は好ましく思える。
 ところで、この字幕だが、タイミングがほとんどバッチリ合っている。LDプレーヤーとコンピューターとVCRと、字幕を挿入するのに使うgenlockなるデバイスを繋ぐと、素人でも比較的簡単に字幕を付けたコピーが作れるそうだが、随分とうまく出来上がっているので感心した。
 この日、ジェイソンにクレジットの翻訳というか、名前のローマ字化も頼まれた。普通、ファンによって字幕が付けられる(fun sub)場合、その作業にあたった人間の名前ばかり、あるいは、よくても監督や声優、主な製作スタッフぐらいしかアルファベットで表示されないのはおかしいというのがジェイソンの意見である。製作に携わった人達みんなの名前を表記すべきだと。全く私も同感で、その映画を作った人達全てに敬意を表し、例え観客はクレジットを読まないとしても、表記すべきである。がしかし、実は名前のローマ字表記が結構難物である。ふりがながないのだから。読めない様な名前もある。二三が「にぞう」なんてのは、後で宮崎駿の本にふりがな付きで出て来たから分かったものの、最初は「ふみ」かと思った。東なんて名前も「ひがし」か「あずま」か分からない。そんな訳で、一応全ての名前をローマ字にはしてみたが、保証の限りではない。また、片仮名で書かれた外人のワエラウフとかエンシナスなんてのは綴りが分からずジェイソンに任せることにした。
 その後、又、その講義室で修正版を見たり、デリックのアパートで見たりと、何度か見て更に修正が加えられた。Translatorとして私の名前が最初に大きく出て来たのはあんまり気恥ずかしいので消して貰った。又、映画の最後にTranslatorの名が私だけだったのを、ジェイソンの名前と並べて貰うことにした。ジェイソンなかなか謙虚である。私も英語力もあれだしで、名前など一切載せないでって気持ちも無くはないのだが、それは言わなかった。なぜって、自分の名前の入った字幕版は、いい記念になると思ったからだ。そのうちコピーを貰おうと思っている。
 そして遂に11月6日に上映が行われた。この「もののけ姫」が、OSUのクラブで自主製作した字幕版を公開する第一号であった。上映に先だって、協力者として私やレナが紹介された。なんだか気恥ずかしいものがあった。この時の上映では、試写の時とは異なり、なるべく字幕は読まないようにした。何故って、一応の完成を遂げたのだから、やっと字幕を気にせずその映画を楽しめるようになったのだから。ついついちょっと眼に入ってしまうのは否めなかったものの。
 上映が終わり、外で一服してた時の事である。黒人のお姉ちゃんが声をかけてきた。翻訳してくれた人でしょう?有難うと。なんだか報われた気持ちがしたものである。
 さて、現在はデリックと一緒に別のコメディーもののアニメの翻訳をしている。やり方は「もののけ姫」の場合と異なり、一緒に見ながら、私が意味を説明して、デリックが文章にしていくというもの。ギャグなんかの場合は、この方が楽かも知れない。
 「もののけ姫」は、いずれアメリカでも公開される予定である。英語吹き替え版の日本語字幕付きも、何故か日本で公開される事になっているらしい。本職の人の翻訳がどの様になっているのか、興味が持たれるところである。

(Janurary 14, 1999)

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